詩、本について

詩人=「ポエマー」は偽りかどうか?

Twitterでとても面白い方を見つけました!

【「ポエマー」というのは造語であり「ポエット」というのが本来の正しい使い方、というのを周知させたい】というアカウントです。

実は私もそれは常々思っていて「自分だけの肩書きを示す言葉を作ろう!」と思ったときに【お絵描きポエマー】にしようか【お絵描きポエット】にしようか悩みました。笑。

私が「お絵描きポエマー、みことです!」と言っている理由は

◆「お絵描きポエマー」という言葉は日本では私以外に使っていない(検索で一番上に出る)

◆「ポエット」だと日本人には馴染みがない

という理由からです。

Instagramでは海外の方が多いので「Poet」と表記したり「Japanese poet←使い方は合っているかちょっと不明」と書いて交流をしたりしています。

宮沢賢治さんも「ポエムという響きを嫌った」という説もあると何処かで見た気がします。宮沢賢治さんの詩集、私も以前持っていましたが(部屋で紛失。笑)自らの詩集のことを「心象表現」みたいに呼んでいますね。

そう。詩とは。「心の中をそのまま表現すること」なのです。

私も少し前までは「ポエムって響きはダサくて嫌だな…」と思っておりました。だから「抽象表現的現実文章」みたいなことを言っていましたが、やはり年齢が増してくると「変にこだわることのほうがダサいかも!」と考えるようになり「ポエマーってなんか楽しい響きじゃん」となり…【お絵描きポエマー】となったのです。

私も本当の意味での詩人になってみたいものです。

【絵のような詩、詩のような絵】。これが私の目指すものです。つまりはぱっと見て「感覚で感じてほしい私の心」みたいな感じです。

やはり「何故人間には芸術作品が必要か?」と考えてみると「心の問題」なのですよね。

目で視ているけれど、結局は「心の眼」を使って、もしくは身体全体で芸術作品を感じて視ているのです。みことはそう思っています。

私も今後もお絵描きポエマーとして「心に響くもの」を目指して創作活動頑張ります(๑•̀ㅂ•́)و✧

※そして、もし「魅恋斗(みこと)」の名前を忘れても「お絵描きポエマー」という用語は忘れないでいてもらえるように…という想いを込めての名称です。結局は私に繋がるので。この先、何年か何十年かかけて「お絵描きポエマー」という名称も広まったら良いなと思っています♡

ふと、詩を書きたくなりました。

みことは元来詩人なので。

今後、ブログに書き下ろしポエムを投下していきたいと思います。

インスタもポエム専用のをもうひとつ作ろうかななんて考えています(๑•̀ㅂ•́)و✧

【既視感とその錯覚】

もしも僕が詩なんて書いていなかったら今頃幸せだったかなぁ

絵を描いても言葉を発しても

満たされずにいる想いもある

空中に浮かんだ透明なゼリーを

口にすればイメージの世界

色々な味を感じられても

どこかの果て、遠くで君が

泣いているような気がして

いつまでも僕は僕でいることに

疑問すら感じてくるんだよ

過ぎていく日々は

止まってはくれなくて

朝、目覚めると訪れる浮遊感も

気のせいだと思いこんで

進むしかないのかもしれない

見たことあるような景色だと

錯覚をして今日も

僕は僕として生きていく

曖昧を幸せだと思い込んだり

日常の不運を不幸だと

決めつけながら

僕は僕として生きて

日々を記憶していくのだろう

正解も不正解もない

こんな世界の中で

君との思い出を

「生きていること」だと

錯覚しながら

「僕」が書きやすいです。

完全に書き下ろしなので文章はおかしいですが、今後のポエム作りの断片として置いていきます。

「心」の正体とは?

よく議題になることもありますよね。

「人間の心はどこにある?」

「頭?心臓?それとも宇宙?」

あなたはどう思いますか?

↑みことはよくこのように「顔の一部分を隠す変な角度の写メ」を使っていますが、これは私にとっての「視る心の表現方法」です。

顔の一部分を隠してみると、なんだか意味深に見えます。

不思議ですね。

考えはじめると「人間には目や鼻や口の機能がついていて謎だ」とか、色々と「人間そのものについて」が気になってきます。

そう。

「人間についてひたすらに向き合い、考えること」

私にとっては、それが「詩」なのです。

「愛は毒?」

↑このキャッチフレーズ的なものは、出版社のプロの方が考えてくださったもの。

表紙のピンク色もそうです。

色は、赤(朱)色とピンクの案が出版社から送られてきたときに、ピンクを選びましたが…

23歳の頃のみことは、

「心の痛みを熔かしだす本」を作りたかったのです。

現実は楽しいことばかりじゃありません。

「辛いことのほうが多くて」←私は正直にこのままを詩にすることも多々あります。

私の【熔解ドロップ。】の詩の中のひとつ。

こちらはかなりネガティブでひねくれた詩です。

しかし、ネガティブを乗り越えなくては進めない、誰にでもそんなときがあるでしょう。

「まじめに生きてもばかみたい」

↑当時の私の心境。「なんで自分ばっかり…」みたいなグレるとき、ありますよね?笑。

「いたみをしれば、こわくない」

↑これは「心の痛みと一生正直に付き合っていく、向き合っていくんだ」という私の決意です。

そして、右側の私の絵をみてください。

ボールペン一本で詩を表現しています。

今から十年以上前の私の絵。

指がわざと四本なんですよ。

それは、深読みしてほしいからです♫\(^o^)/

そんな訳で。

私の詩と絵は「心」が基盤になっています。

そして「心」の在り処。

「心は、どこにあるのか?」

みこと的には、自分の創作魂の中にあったり、日頃の友情や愛情の中にあると思っています。(これは抽象論であり、実際は自分というエネルギー、魂の中かも?なんて思っています。生まれ変わり、輪廻転生を信じるので。)

が、

宇宙の創造主みたいな存在しか、そんなことは到底解らないですよね。笑。

人間は生きていられる時間にも、体にも睡眠にも食事にも、色々な制限がありすぎます。

でも、だからこそ感じられるものもたくさんある。

生きているうちに、今遺しておけることを。

そう考えて、みことは今日もブログを書くのでした。

(そして、みことの創作を応援してくださる方々へ最上級の感謝を。)

劣等感とみことのアートの関係性。

突然ですが……

あなたは「劣等感」を持っていますか?

「劣等感」…

「そいつは厄介なやつでもあり、友達でもある」と私は変な思考を持っています。

みことは、詩集「熔解ドロップ。」の中にこんなポエムを収録しました。

…はい。

「劣等感、背負ってます」。

このたった二行だけの詩。

もう一度問います。

「あなたは、劣等感を持っていますか?」

…私は、劣等感にはプラスの意味とマイナスの意味があると思うのです。

もし私に劣等感がなかった場合。

【デメリット】

①詩が書けない。

②絵が描けない。

③むしろ芸術家を目指そうなんて思わないであろう。

では逆に、私が劣等感が殆どなくて、ポジティブシンキングオンリーの奴だったら。

【メリット】

①自己肯定感に溢れるので悩まない

②幸せに生きられる

③芸術家を目指さなくてすむ

…うーーーん。

中々幸せな人生かもしれません。

しかし、私にとっての劣等感=芸術へのエネルギーでもあるのです。

芸術分野について考えない=楽しくない、だから、結局、劣等感を棄てた私は幸せな人生ではないのかも?…などとも考えます。

変な理屈ですけどね(゚∀゚)

では、劣等感と【卑屈】さの違いは?

これを考えたとき「謙虚さがあるとき=良質な劣等感」「イライラしたり、体に悪そうな気分のとき=卑屈という嫌な状態」なのかなー?とも。

人生、ポジティブシンキングが最も良い。それは間違いないです。

ただ、マイナス思考の長所である「慎重さや謙虚さ」なども私にはなくてはいけない要素です。

「マイナスをプラスに」。

それが出来たらどんなに良いでしょう。

そんなことを考えながら、みことは今日も「Peace Magic Drawing(平和魔法の描画)」をするのです。

アマチュア詩人、画家として。

自分らしい、唯一無二の道を進んでいきたいです。

喩えるならば「青い炎」のみことです。

私はアマチュア詩人です。

「詩人なのに語る場所が少ないな… 」と考えて、こうしてブログ上へみことというやつの思考や嗜好をしたためて行くことにしました。

SHOWROOMではまいにち配信をさせて頂いておりますが、そちらはまたみことの一部分、ということ。このブログもそうですが。

私はネット上で活動をする「オンライン型の創作活動」のみの人であり、それでどこまでやれるかに、長い目で、何年、何十年と挑戦していきます。

そして。

私はゆるい人間です。笑。

適当ってスバラシイ。

何故かというと、

リラックスした状態

=自然体

と考える。

人間には二通りがいます。

①全力がうまくいく熱く元気一杯の人(赤い炎の人)

②全力だと何故かうまくいかない熱を秘めた人(青い炎の人)

②の人は①で頑張ってみると、ひとつもうまくいかないことがよくあります。私、みことはまさに②です。(その場面場面においても違うとは思いますが…)

私は「青い炎の人」です。

↑私の描く魔法使いには、頭に炎を灯しています。

これは「心の炎」で、日々、状況によって色を変えています。

つまりは心の炎=「一念三千の炎(三千世界の炎)」ともいえます。

私の詩集の中に「敗けるが勝ち」というものがあります。

これは「もう〜頑張ってもどうにもならないや!(゚∀゚)」というときに読んでほしい、と思って書いたもの。「煩悩エコロジヰ。」というみことの詩集に収録しています。

もう、詰まったぞ…というときは。

この四行を思い出してみてください。「赤い炎」の人には怒られそうですが、「青い炎」の人には届くかと思います。笑笑笑。↓

今まで、みことは「赤い炎」の人には怒られる人生です。笑。

「頑張れば報われるなんて幻想で、しっかりと向き不向きとか、適性もあるし…」というと

「そんなもの、気合いでどうにかなる!」みたいに言われて。

熱がないわけじゃないんです。寧ろ、私は熱すぎるのです。(゚∀゚)9ファイヤー

…こういう人間も世の中にはおります。そして、青い炎の温度はとても高い。だから、初めはあまり理解してはもらえないかもしれない。

でも、赤い炎の人の良さを知っているのも青い炎の人だと思います。赤い炎の自分だとうまくいかなくて、藻掻いてきたから。

そんなわけで、めっちゃ部屋着でナチュラル〜〜〜なみことを。(横着ともいうかも…しれない(゚∀゚)笑)

では。

今日も一日、自分らしく生きましょう。

↑これが私のFacebookなどで使っているフレーズ。

さて、今日も変人するぞ(゚∀゚)(゚∀゚)(゚∀゚)ヒャッホー

ブログ作りに悪戦苦闘の巻。

やっとのことでこのブログサイト?が出来上がりました…機械音痴のみことには中々キツく、まだ「なんとなーく」しか理解できておりません。

ブログといえば画像。

そんな先入観で写メを貼ってみる。えいやあーー!!笑

パレットを武器のように持った私。

…そうです。アマチュアの絵描きになってから、アートは攻めにも守りにもなり得るということをみことは知りました。

昔から…思えば、小学4年生頃から暗黒ポエムを書いていた私なのでした。なので、詩人歴だけは二十数年となります。長っ!!笑。

「ひとつのことをやりつづける」

これは中々大変なことで、たとえばSHOWROOMの「まいにち配信枠」というものがありますが、これもまた毎日15分以上画面を点ける(ラジオでも動画でも)という習慣。

現在みことはまいにち枠270日ぐらいを超えておりますが(適当…しかし適当というものは深いのです←こじつけ)これがまた、マンネリするわけですね!カラオケ機能がついて、歌わせて頂いておりますが…来て頂くSHOWROOMリスナーさんの年齢もバラバラ、私も色々な音楽を聴いているので「あれ?これはどういう出だしだっけ(゚∀゚)?」となり配信事故……、みたいなことが結構あります。SHOWROOMアルアルです。

昔の私は「詩さえ良ければ自分のことなんていいや」という思いでした。二十代の頃の私は完全におっさ……、いや、職人的発想です。

↑2015年前後頃からのようですが、なんと、書籍がセルフで編集できて、amazonさんで売ってくれるというスタイルが始まったようです。

夢を諦めていた私は、勿論飛びつきました。

そして今まで無駄に二次創作やらで培ったネット技術により、詩集を二冊作りました。

便利な時代になりましたね。死ぬ思いなカツカツでローンを五年返した昔の自分に聞かせてやりたいですよ…(´;ω;`)

それはさておき。笑。

私は【デザインエッグ社】さんでお世話になっていますが、その他の完全にセルフなやり方や、他の出版社に委託などがあり、選べるようですね。

帯がなく、見慣れるまでには多少時間がかかりますが(笑)紙質はとても良く、出版に興味がある方は一度試してみても良いかも?

本は、自分の記録にも、名刺がわりにもなります。(よく言われていますね♫)

本当につい最近カラー対応にもなったので、私も来年あたりに初めての画集をセルフで作ってみようと目論んでおります。

本を作るのは、苦しく楽しい!

私はそんな感想です。

感性のままに書いた、みことのイラスト詩集。多分科学書とかそっち向きなプリント·オンデマンド本(在庫を持たず注文が入ったらamazonが刷ってくれる)なので不可思議な感じでもありますが、興味を持って頂けた方は宜しくお願いしますm(_ _)m

そして、このブログはまだ誰にも教えていないのですが…詩集や絵の感想を日々くださる方、配信に遊びにきてくださる方、メールをくださる方。感謝しています。

↑最近描いた春夏に向けた女の子。
「こうして目を閉じていれば、今が朝か夜かも見えないわ。」
というタイトルです。
意味深なものをたくさん描きたい
\(^o^)/♡